版画 絵画

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ルネサンス期の絵画を世間に広く知らしめた版画技法

イタリア・ルネサンスは、言うまでもなく西洋美術史のクライマックスのひとつです。

画集を開けば、ルネサンス期の有名な絵画や彫刻、建築、素描をいくつも見つけることが出来るでしょう。

しかし、実はこの時期に、芸術家たちの身近なところで美術作品としての目的やステイタスを持つ版画が生まれたことは、意外に知られていないのではないでしょうか。

15世紀後半から16世紀前半にかけてのイタリアでは、芸術家たちが版画の可能性に着目し、その技法や表現の可能性を大きく広げ、様々な絵画を制作しました。

このようにして、それまではお守りやトランプの図柄などの日用品に使われる程度だった版画の技法が、美術品の制作にも使われるようになります。

さらに版画の技法を使う事により、オリジナルの絵画を複製することが可能となったため、版画はルネサンス美術の伝播にとってきわめて重要な役目を果たすところとなったのです。

形而上絵画の創始者ジョルジョ・デ・キリコの版画作品

ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico 1888-1978)は、20世紀イタリア美術を代表する画家、版画家、彫刻家。

デ・キリコはギリシア生まれ、両親はイタリア人。

アテネの理工科学校で版画と彫刻を学んでいます。

形而上絵画の創始者で後のシュルレアリスム運動に多大な影響を与えました。

マネキンや人気の無い広場など、謎めいたイメージの絵画作品で知られます。

有名な作品に「街の神秘と不安」があげられます。

具象的でありながらどこか不思議な世界を描いたデ・キリコの作品は、シュルレアリスム絵画の出発点となり、
マグネット、ダリ、デルヴォーらにも影響を与えるなど、20世紀の近代的概念の確立に大きく貢献しました。

デ・キリコが発見した「形而上絵画」とは、具象的な事物を描きながら、その向こう側に秘められた過去の記憶や思考、
そして不安や謎を追求する絵画様式といえます。

キリコの版画作品は、1934年迄の作品が純粋にオリジナルな版画で、それ以降の作品は本人署名のエスタンプが主です。

主な版画作品に「変身」「神話」など。

絵画と版画を同じモチーフで制作したミレー

ジャン・フランソワ・ミレー(Jean-Francois Millet 1814-1875)は、19世紀のフランスの画家、版画家。

有名な絵画に「落ち穂拾い」があげられます。

バルビゾン派の中でも、大地と共に生きる農民の姿を、崇高な宗教的感情を込めて描いたミレーの絵画は、
早くから日本に紹介され、農業国日本では特に親しまれました。

パリの南方約60キロにある、フォンテーヌブローの森のはずれのバルビゾン村に定住し、風景や農民の風俗を描いた画家たちを、
今日「バルビゾン派」と称しています。

ミレーのほか、テオドール・ルソー、ディアズ、トロワイヨンなどがバルビゾン派の代表的な画家であり、
カミーユ・コローなども先駆者に数えられます。

ミレーの代表作のひとつである「種まく人」が岩波書店のシンボルマークとして採用されたのは1933年(昭和8年)のこと。

1977年(昭和52年)、その「種まく人」がサザビーズのオークションで競り落とされ、日本に請来された時は、
大いに話題になりました。

ミレーは絵画と同じモチーフを、銅版画、リトグラフ、木版画で制作しています。

早世の画家シーレの版画・絵画作品について

オーストリアを代表する表現主義の画家・版画家、エゴン・シーレ(Egon Leo Adolf Schiele1890-1918)。

急速な近代化と退廃・耽美的な世紀末の雰囲気の中、16歳でウィーン美術アカデミーに入学しますが、
同アカデミーの保守的な教育方針と全く会わず1909年アカデミーを退学します。

1907年同じようにアカデミズムを拒否し、新芸術運動の中心的な存在となっていたクリムトと出会い、
強い影響を受けたシーレは、その後一般に言われる表現主義とは一線を画した独創的な作風を確立します。

1918年、第49回ウィーン分離派展に出品した絵画で高い評価を得、ようやく画家としての地位を確立しようとしていた矢先、
当時ヨーロッパで流行していたスペイン風邪で死去。

28歳の若さでした。

僅か10年の画業生活で作品数は、版画20点・油絵300点・その他素描などが2500点と少なく、希少価値が付いているようです。

近年、英国のサザビーズのオークションでモネの晩年の睡蓮の絵が9億円で落札されたそうですが、
同時にシーレの1909年の絵は13億円で落札されたそうです。

シーレの絵のほうが高い値段が付いたというのは、希少価値もあっての事なのでしょうか。

シーレの版画は現在では一部リトグラフを除き、生存に刷られた版画は殆ど流通していません。

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