早世の画家シーレの版画・絵画作品について
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オーストリアを代表する表現主義の画家・版画家、エゴン・シーレ(Egon Leo Adolf Schiele1890-1918)。
急速な近代化と退廃・耽美的な世紀末の雰囲気の中、16歳でウィーン美術アカデミーに入学しますが、
同アカデミーの保守的な教育方針と全く会わず1909年アカデミーを退学します。
1907年同じようにアカデミズムを拒否し、新芸術運動の中心的な存在となっていたクリムトと出会い、
強い影響を受けたシーレは、その後一般に言われる表現主義とは一線を画した独創的な作風を確立します。
1918年、第49回ウィーン分離派展に出品した絵画で高い評価を得、ようやく画家としての地位を確立しようとしていた矢先、
当時ヨーロッパで流行していたスペイン風邪で死去。
28歳の若さでした。
僅か10年の画業生活で作品数は、版画20点・油絵300点・その他素描などが2500点と少なく、希少価値が付いているようです。
近年、英国のサザビーズのオークションでモネの晩年の睡蓮の絵が9億円で落札されたそうですが、
同時にシーレの1909年の絵は13億円で落札されたそうです。
シーレの絵のほうが高い値段が付いたというのは、希少価値もあっての事なのでしょうか。
シーレの版画は現在では一部リトグラフを除き、生存に刷られた版画は殆ど流通していません。
