版画 銅版画

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版画の技法 銅版画

銅版画の主な技法は、銅板を直接彫るか、腐食液を使って彫るかの二つに分類されます。

直接銅版に工具を使って銅版を彫る技法として

1.ドライポイント
2.メゾチント
3.エングレーヴィング

腐蝕液を使って間接的に銅版を彫る技法として

4.エッチング
5.アクアチント

などがあげられます。


銅版画の技法を用いた作家は大勢いますが、以下は参考までに

◎レンブラント=17世紀を代表するオランダの画家、油彩のみならず、エッチングや複合技法による銅版画やドローイング(素描)でも知られます。
レンブラントはエッチングを好んで制作した最初期の作家で、他の銅版画技法をいくつか併用するなど、意欲的に表現の可能性を追求しました。

◎浜口陽三=エンサイクロペディア・ブリタニカの「メゾチント」の項目で、「20世紀の半ばの最も名高い、孤高ともいえる主導者」、「カラーメゾチントの新しい技法を開拓した作家」と紹介され、世界を代表する銅版画作家の一人として広くその名を知られています。

◎山本容子=銅版画を主に手がける現代作家、アンデルセン童話や不思議の国のアリスなど、夢幻世界を描いた作品が多数。

早熟の天才画家 ターナーの銅版画作品

イギリスを代表する国民的画家、ターナー
(ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー Joseph Mallord William Turner 1775-1851)

19世紀を代表するロマン派の風景画家で、早くからその才能を発揮し「早熟の天才」と称されます。

早くも十代初めに画才を開花させ、15歳の時にロイヤル・アカデミーの展覧会に初出品し、27歳の若さで同アカデミー会員になります。

ターナーは幼少の頃から数多くの版画を手がけており、その数は1000点近くにのぼります。

ターナーの銅版画作品として「研鑽の書」と呼ばれる有名な銅版画集があり、絵画のみならず版画にも精力を傾け、
銅版画のために水彩画を描いたこともあると言われる程です。

そしてターナーの多くの作品は、生存中から版画として刷られ、
これらが媒介となりヨーロッパ各地にターナーの名声を広める事となります。

ターナーは生涯を通じて英国内はもとより、ヨーロッパ各地を旅し、山・河・海・建造物や遺跡など様々なモチーフを描いています。

76年の生涯においてその画風は幾度かの変遷を見せていますが、一貫して自然に対する畏敬に満ちた鋭い観察眼は、
こうした自然との対話の膨大な形象化によってより研ぎすまされたと言っていいでしょう。

銅版画・リトグラフ・木版画 ムンクの版画作品

ノルウェーを代表する印象派・表現派の巨匠、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch 1863-1944)。

最も有名な作品は、やはり「叫び」でしょう。
(度々盗難にあい、そのつど発見される、という忙しい作品。)

1868年、ムンクが5歳の時に母が死去、姉と弟も夭折、ムンク自身も虚弱児だったそうです。

こうして身近に「死」を実感した事が後のムンクの芸術に生涯影響を与え続け、生と死の問題、
そして人間存在の根幹にある孤独・嫉妬・不安などの負の感情を見つめ、それらを人物画に表現しました。

同時にムンクは銅版画やリトグラフ、木版画など多くの版画作品を制作しています。

以下は国内にある版画作品です。

●大原美術館(岡山県倉敷市)
病める子(銅版画・1894年)、吸血鬼(木版画・リトグラフ・1895-1902)、マドンナ(リトグラフ・1895)など。
●姫路市立美術館
死と乙女(銅版画・1894年)など。
●岐阜県美術館
罪(リトグラフ・1901年)など。

主に1890年代に制作した「叫び」「接吻」「吸血鬼」「マドンナ」「灰」などの一連の作品を、ムンクは「フリーズ・オブ・ライフ」と称し、連作と位置付けています。

中でもムンクの代名詞ともなっている「叫び」は、生死やそれに対する恐怖、無力感といった、人間の内に深く根付いた畏怖の感情を隈なく表現した佳作です。

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